錯体重合法


 我々は、ゾル・ゲル法の一つである錯体重合法を改良し、より均質なゲルを得ることに成功した。この方法により、従来の固相反応法では合成が困難であったPb系高温超伝導体Pb3201相(Pb2Cu)(Sr,La)2CuO6+δの合成を試みた結果、従来の方法より低温でかなり短時間の焼成により、良質な単相試料を得ることに成功した。[1]

錯体重合法とは

 錯体重合法とは、金属硝酸塩を水に溶かし、クエン酸を加えて金属クエン酸錯体をつくり、そこにエチレングリコールを加えエステル重合させてゲルを得、このゲルを仮焼、本焼して酸化物を得る方法である。[2] 従来の錯体重合法は、ゲル化の際に沈殿の生成を伴うため、金属イオンが原子レベルで混合されるという液相法のメリットを充分に活かしてはいない。そこで、沈殿の生成を抑制するために、原料の種類、および、有機添加物(クエン酸、エチレングリコール)の量を見直すことにした。
 以下に、錯体重合法による試料合成の手順を示す。(図1参照)
 1) 原料をビーカーに入れ、水に溶かす。原料としては、沈殿物(シュウ酸塩)の生成を抑えるため硝酸塩の使用をなるべく避け、また、溶解度、潮解性を考慮した結果、次のものを選んだ。
Pb(NO3)2, Sr(CH3COO)2・0.5H2O, La2O3, Y2(CO3)3・2H2O, Ca(CH3COO)2・H2O, Cu(CH3COO)2・H2O
 2) 有機添加物(クエン酸、エチレングリコール)を加え、撹拌し、約200℃で加熱して均質なゲルを得る。この過程で、沈殿物が生成されずに透明なゲルが得られれば、原料の金属イオンがミクロに混合されたと見なすことができる。有機添加物の量を変化させ、ゲル化の際に沈殿が生成するかを観察した結果

    〔クエン酸(mol)〕/〔総金属イオン(mol)〕≧5

でエチレングリコール量によらず沈殿が生成しないことがわかった。このとき、ゲルは、エメラルドグリーン色で透明である。得られたゲルの様子を図2に示す。また、エチレングリコールを使用すると、時々、CuOがわずかに析出することがあるので、あまり添加しない方がよいことがわかった。
 3) ゲルを空気中、約350℃で仮分解し、ビーカーから取り出し、粉砕混合する。
 4) この粉末を空気中、12時間、675℃で仮焼し、precursor(前駆体)を得る。


図1. 錯体重合法による試料合成の手順.


図2. 改良後(左:透明)と改良前(右:不透明)のゲルの様子.


Pb3201相(Pb2Cu)(Sr,La)2CuO6+δの単相試料の合成

合成する試料の組成は、固相反応法で最も単相に近い試料が得られやすいx(La)=1.1とした。改良した錯体重合法によりprecursorを作成し、温度、雰囲気、時間を変えて本焼し、粉末X線回折により単相試料が得られる焼成条件を調べた。その結果、100%N2、および、1%O2-99%N2気流中において、各々750℃、800℃付近のごく狭い温度範囲の本焼により、Pb3201相の単相試料が得られることがわかった。我々が以前行った固相反応法による合成では、1%O2-99%N2気流中において、765℃で48時間も焼成して、やっと単相に近い試料が得られたことを考えると、 錯体重合法では、わずか5時間というかなり短時間で単相試料が得られることがわかり、precursorの均質性、反応性の良さを示すものであると思われる。

 図3と図4は、この試料をN2中475℃で60時間アニールした後の電気抵抗率と交流磁化率の温度依存性である。電気抵抗率の温度依存性からわかるように超伝導転移は鋭く、Tcは約36Kと決定できた。

 図3. 電気抵抗率の温度依存性.

 図4. 交流磁化率の温度依存性.

 さらに、Laの固溶域を調べるため、precursorをN2中で、20時間、様々な温度で焼成し、粉末X線回折で生成された相の同定をした結果、720-760℃の狭い温度範囲で、x(La)=1.1でのみPb3201相の単相試料が得られた。 このようにLaの固溶域が狭いために、組成ずれの生じやすい固相反応法ではPb3201相の単相試料が得られにくいものと思われる。 また、Laの固溶域が狭いのは、PbO面、(Sr,La)O面、CuO2面の大きさのミスマッチが関係していると考えられる。

錯体重合法は、原料を変えれば、高温超伝導物質に限らずどのような元素から成る酸化物にも応用でき、良質な試料が簡便に短時間で得られる優れた多結晶試料の合成法であると言える。

1) M. Kato, A. Sakuma, T. Noji and Y. Koike, Physica C266 (1996) 109.
2) M. Kakihana, M. Yoshimura, H. Mazaki and H. Yasuoka, Report of Res. Lab. Eng. Mater., Tokyo Inst. Tech. 17 (1992) 63.