【2024年3月4日(月)】
AIMR・水上研究室所属修了生・小池雄也さんの研究成果がプレスリリースされました。
スピン波を用いた物理リザバー計算機の高性能化の条件を理論的に解明
-省エネルギーなAIハードウェア開発に新しい視点-
【本学研究者情報】
〇 材料科学高等研究所 准教授 義永那津人
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
【概要】
近年社会におけるAI技術を用いた情報処理の需要は急速に増加しています。現在は、ニューラルネットワーク⁽注1)による情報処理の計算を、電子計算機上で膨大な数のCPU(中央演算処理装置)やGPU(画像処理装置)を用いることによって行っているため、高い消費電力が問題となっています。一方、人間は低消費電力で情報処理を行っていることから、リザバー計算⁽注2)や量子計算技術など、従来とは異なる概念に基づいた科学技術による情報処理の研究が世界各国で進んでいます。
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)兼産業技術総合研究所 産総研・東北大 数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ 副ラボ長の義永那津人准教授は、同大学学際科学フロンティア研究所の飯浜賢志助教、WPI-AIMR兼同大学先端スピントロニクス研究開発センターの水上成美教授、同大学大学院工学研究科の小池雄也大学院生(研究当時)とともに、強磁性体⁽注3)薄膜中のスピン波⁽注4)を用いて従来のリザバー計算機よりも低消費電力で高い学習性能が期待される物理リザバー計算⁽注5)を実行できる装置を実現するための機構を解明しました。
スピン波を情報の担体とするAIハードウェアの研究が世界的に進展しており、ナノメートル、ギガヘルツかつ高エネルギー効率で高い学習性能を実現することは重要な課題の一つです。本研究グループでは、金属ナノ薄膜の強磁性体中を伝わるスピン波を研究しました。時系列データに比例した大きさで磁性体の入力ノードの位置を励起することでスピン波を発生させ、伝播したスピン波を出力ノードの位置で読み出すことで、短期記憶と非線形変換能力を持った学習やカオス時系列⁽注6)の予測が可能であることを示しました。また、数理的な解析によって学習性能を最適にするスピン波の速度と素子のサイズとの関係を明らかにしました。本結果は、磁気ナノテクノロジーを用いた低消費電力な情報処理素子の開発に新しい視点を与えるものです。
本研究は3月1日(英国時間)に、スピントロニクス分野の専門誌npj Spintronicsの電子版に掲載されました。
【用語解説】
注1. ニューラルネットワーク
機械学習モデルの一種で、入力となるデータを出力データに変換することでタスクを行うことができる。時系列データの場合は、例えば、気象予測のように、過去の気象の情報(入力データ)から未来の天候(出力データ)を予測することがタスクになる。まず、正解となる入出力データのペアを用いてニューラルネットワークの学習を行い、その後学習済みのニューラルネットワークを用いて予測などのタスクを行う。
注2. リザバー計算(reservoir computing)
時系列の情報処理に適した機械学習手法の一つ。リカレントニューラルネットワークの一種だと考えることができる。入力時系列を出力時系列に変換することによって、現在時刻までの時系列データから次の時間のデータを予測したり、過去のデータを記憶して取り出したりするタスクを行うことができる。時系列の入力部分、入力データを高次元空間へ変換するリザバー部分、出力時系列を読み出す部分から構成される。リザバー部分は、入力の時間変化に伴い時間変化する。リカレントニューラルネットワークでは、リザバー部分のノード間接続の重みを学習の際に更新するのに対して、リザバー計算ではリザバー部分の重みは更新せず、読み出し部分の重みだけを更新する。そのため、学習パラメータ数が少なく、学習手法も簡便であるため、高速かつ安定な学習が可能である。
注3. 強磁性体
物質内部の隣り合うスピンが同一の方向を向いており大きな磁化を持つ磁性体。
注4. スピン波
磁性体は、ミクロな棒磁石(スピン)が整然と整列しているように振る舞う。各々のスピンはコンパスが揺れるかのように、その方向を時間的に変化させ、これが磁気の振動となる。川や海の水面の波のように、磁気の振動も磁気の波を発生する。磁気の振動や波の伝播に伴うエネルギーの消費は、電気を通電する素子に比較して非常に小さく、また、ナノスケール、ナノ秒の時間スケールで動作するため、省エネルギーの情報処理装置としての利用が期待されている。
注5. 物理リザバー計算
リザバー計算では、リザバー部分の重みを更新しないので、この部分を物理システムに置き換えることが可能である。本研究では、この部分に強磁性体薄膜のスピン波の伝播を用いている。この場合、計算機のサイズや速度は、物理システムのサイズや速度によって決まる。従って、磁気ナノテクノロジーを用いるとナノスケール、ギガヘルツ、低消費電力で動作する計算素子の実現が期待できる。
注6. カオス時系列
決定論的規則に従って時間変化するにもかかわらず、不規則に見える振舞いを示す現象のこと。天体や気象、流体や生態の個体数の変化など自然界でさまざまな形で観察することができる。本研究で用いたローレンツ方程式は、気象学者のエドワード・ローレンツが1963年に提案した、気象の現象論モデルで三変数の常微分方程式で記述される。初期値のわずかな違いが時間的に指数関数的に増大することから(初期値鋭敏性)、カオス時系列は、短時間の予測でも難しく、また、長時間予測することは不可能である。しかし、状態変数の軌跡は、蝶々の羽のような特徴的な構造(アトラクター)を持つ。リザバー計算では、この構造を再現することに成功している。
【詳細はこちら】
・東北大学HP:https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/03/press20240304-02-spin.html