東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻
東北大学工学部 電気情報物理工学科応用物理学コース

卒業生の声

学部・大学院 卒業生の声

金原 大樹(平成30年度 修士号取得 応物OB)

-これからの時代は常時が有事- Be Decisive

私はレーザーテックに入社して3年目に突入し、現在半導体マスク検査装置の開発に携わっています。半導体チップを作るとき、半導体マスクに光を当てて、半導体材料に回路を転写させます。その際マスク上にゴミや欠陥があった場合、それも転写されてしまい、半導体チップの不良に繋がります。そのため転写の前に、マスク検査装置でマスクにゴミや欠陥がないか検査をします。私はこの装置の欠陥検出感度を上げるための開発を行っており、入社1年目から海外へ行き、現地で自分の開発した機能の評価を行ったりしています。また、自分が開発した機能の特許出願も行っています。
自分は就活中、「将来やりたいことができたときに自分の力で実現できる力」を身に付けられる会社を選ぼうと思い、この会社を選びました。入社1年目から言われた仕事をこなすだけでなく、自分の決断(意思決定)が必要な仕事が豊富にありました。自分で決断し成功したときは、自己肯定感が増し、やりがいを感じます。自分が何をやりたいかではなく、どういう人間になりたいのかを考えて会社を選ぶといいかもしれません。現在、新型コロナウイルスの影響で世界に大きな変化が訪れています。Decisiveであることは有事のリーダーの大事な条件だと思いますが、これからの時代は常時が有事。Decisiveであるために必要な知識・経験・自信・仲間が東北大学という環境には揃っています。みなさんが充実した大学生活を送れるよう祈っています。


阿部 貴寛(平成29年度 博士号取得 応物OB)

「なるようにしかならない。」

高校の部活の先生から試合前に言われた言葉で、今でも心に残っている。これは大学の研究にも就活にも仕事にも言える気がする。
研究室に入るまではやりたいこともなく、バイトや飲みや旅行に行くことが好きだった。学部4年生になって研究室に配属されるとすぐに東日本大震災が起こり、研究室もめちゃくちゃになった。プレハブへ移動しての研究生活。正直大丈夫なのかなと思っていた。ただ研究はやっていくごとに面白くなっていった。実験を進めて新しい結果が出てくると、次はこうしたら面白くなるのではないかと考え先生と議論するのが楽しかった。単純に研究が楽しくてドクターまで進学したが、就活の時期になっても研究がうまくいかず苦しい日が続いた。そのためアカデミックに残って何とか成果を残したいという思いが強かったが、成果を出せていない自分では他の成果を出している研究者には勝てないと感じ、企業への就職を決意した。
今では資生堂に入って肌測定のアプリ開発に携わっている。大学の時の専門性を活かせているかと聞かれたら正直Noと答える。ただ、化粧品業界の中では携わっている人が少ない仕事だからやりがいをもって取り組んでいる。大学から今までを思い返した時に、これまでの選択に後悔がないといったら正直嘘になる。ただ、そこに至るまでの過程を他人と比較することなく全力でやってきたから、“なるようになっている”のだと思う。大学で研究していた時も就活の時も“自分なり”に全力だった。みんなにもその時々で全力を尽くしてほしい。全力でやる前に文句を言うのは誰でも出来るし、全力でやった時にきっと本当の面白さを知ることができるから。


鈴木 理恵(平成27年度 修士号取得 応物OB)

Into the unknown

セントラル硝子に入社してもうすぐ4年。私は2年ほど硝子研究所員として働いた後、購買部に異動しました。突然ですが、メーカーの購買部、と聞いてみなさんはどんなイメージをしますか。文房具やパンを売っている売店?食堂のお手伝い?もちろん、違います。意外とご存知ない方が多いのではないでしょうか。
私が現在行なっている業務は、ガラスや化成品の原材料、製造ラインの設備等、メーカーの根幹に関わるものを購入することです。購入といっても全く単純ではなく、一体何に使われるか、スペックに問題はないか、製品界隈の市況は、予算は、スケジュールは、といった幅広い知識と状況判断能力が必要です。理系の知識を持っていると購入物や設備の理解がしやすく、情報整理や交渉で非常に有利です。20代の私でも、年間購入金額が10億円以上の原料の価格交渉を行います。設備投資案件に至っては、若手社員が聞いていいのかドキドキする場面もあります。毎日新鮮な情報(とトラブル)が舞い込み、忙しくもありますが充実した生活を送っています。
さて、3月から本格的に就活が始まるかと思います。自分の力で未来を切り拓くことに希望を持つ反面、将来が見えず不安を抱える方もいらっしゃるかもしれません。実はかつての私がそうで、自信を喪失してしまい、完全にダークサイドに堕ちました。だからこそ、みなさんが少しでも前を向いて歩けるようにエールを送らせてください。
あなたには東北大学に入るほどの明晰な頭脳があります。努力する才能があります。研究職を選ぶのであれば、間違いなく優秀な研究者となれるでしょう。しかし、研究を続けていくことは義務でも使命でもありません。自分の人生をどう生きるかは自由です。研究者になるも良し、理系の知識を使う別の職種も良し、あるいは、全く新しい世界に飛び込むことも面白いと思います。一つに絞れなくても趣味や複業という選択肢もあります。どれを選んでもあなたがここまで頑張ってきた経験は決して無駄にはなりません。大丈夫です。どうか今のあなたが楽しく生きる道を考え続けてください。私はみなさんを全力で応援します!


梅津 信之(平成26年度 博士号取得 応物OB)

早3年、4年目。会社に貢献していると実感できる。

応物を離れ社会人になって早3年。研究生活を満喫していた博士課程3年間と同じ長さとは思えないほど、この3年間は本当にあっという間でした。じっくり考える学者風の研究スタイルから、結果とスピードを重視する企業的な研究スタイルへとシフトチェンジしたことで、時間の体感速度が激変しました。研究者として生涯を全うしていくのか自問自答を繰り返す日々ですが、大学と企業の両方で研究に打ち込んだ経験は、研究という枠を超えて人生の糧になると信じております。
私は研究室配属時から博士課程を修了するまで佐久間研究室に在籍し、スピントロニクス理論の研究に従事しました。博士課程修了後は、1年間のポスドク期間を経て東芝に入社しました(現在は東芝メモリ)。スピントロニクス分野に関わる要素技術開発に従事し、実験結果に対する理論解析やシミュレーション業務を担当しています。「学生時代の専門性を生かして、モノづくりにつながる基礎研究がしたい」という希望が叶い、入社直後は本当にワクワクしていました。しかし、新人研修が終わって業務が本格化すると、想像以上のスピードで研究結果を求められ愕然としました。この先やっていけるのかと不安で仕方のない日々を送ってきましたが、気が付けばあっという間の4年目。まだまだ半人前ではありますが、応物時代に培った物理力を最大限に発揮し、会社に貢献していると実感できるような成果が上げられるようになってきました。“新しいモノを世に送り出すための研究開発”というチャレンジングでやりがいある仕事に携われる幸福感を噛み締めながら、目の前にある課題を一つ一つクリアして日々精進していく所存です。
P.S.お陰様で妻(元秘書)・長男ともども元気にしております!


武藤 翔吾(平成26年度 修士号取得 応物OB)

学生時、高温超電導を研究。会社でも続けたい。実用化への熱い想い。

私は高校時代から超電導の実用化に寄与したいという夢があり、工学部の応物コースを志望して入学しました。大学で所属していた強磁場センター渡辺研(現淡路研)では、高温超電導体の一つであるREBa2Cu3Oy(REBCO)線材(下記写真)の応用研究を行いました。卒業後も引き続き超電導応用に近い分野で仕事をしたかったので、REBCO線材を製造しているフジクラに入社しました。就職後は同じ超電導分野といえども異なる専門知識の習得が求められ、その都度勉強する必要があります。例えば私の場合は、大学では実験がメインでしたが、コンピューター・シミュレーション(理論)、材料工学、統計分析を新たに学びました。応物で下地を勉強していると、多くはアナロジーで理解できるので、比較的容易に新しい知識を吸収できると感じます。実際、大学で頭を悩ませていた問題が、裁量を持って仕事ができるフジクラの社風のおかげもあり、新規に学んだ上記の考え方を活用して解明することができました。その成果で国際学会発表や論文執筆をさせてもらうなど、フジクラでは貴重な経験を多くさせてもらっております。

武藤さんから学生へアドバイス「いまを大切に」
研究室で習得した文章、プレゼン技術や、知識の学び方がいま大いに役に立っています。これらは苦労しつつ講義、実験、研究を日々こなすことで身に付いたと感じますので、「いまを大切に」過ごしてもらえればと思います。


丸山 恵史(平成25年度 博士号取得 応物OB)

私自身「まさか大学教員に!」目標「研究の現場で生きていく」は達成

博士課程修了後、物質・材料研究機構(NIMS)のポスドク研究員として私の社会人生活が始まりました。ポスドクの生活は、「研究に打ち込める♪」「D論からの解放^^」「最先端の装置を自由に使える\(^o^)/」という最高の生活でした。恩師宮﨑先生の教え(2019年6月号)を超えるため、当時は研究所に住んでいたと言っても過言でないほど、『研究漬け』の毎日でした(社会人としては「働き過ぎ」なので、上司や秘書には迷惑をかけていましたが…)。
皆さんご存知かと思いますが、ポスドクには「任期」があります。任期が終わる前に次の職を見つけないといけない…、つまり
常に「就活中」というのがポスドクの宿命です。当時の私は3年の任期がありましたが、2年目突入時より次の「就活」を本格的に開始しました。次の職(現職)の情報を得たのは、所属していた学会(正確には数十名程度の研究会…)からの案内がきっかけでした。この時は、使える手段は全て使い(詳細は書けませんが、全て正攻法です)、無事に現職に着任しました。
現職に着任して間もなく5年が経ちます。現在、研究にかけられる時間はポスドク時の半分以下(もっと少ないかも…)ですが、日々、学生の成長に立ち会うことができ、刺激的な毎日を過ごしています。
ちょうど10年前の3月、修論発表の直後、東日本大震災に襲われました。その後の10年は、実験拠点の変更、D論、就活、(+一応育児も)とあっという間でした。恥ずかしながら、博士進学の際は、博士修了後は海外へ、そして研究の現場で生きていければ…と夢を描いていた程度です。実際は、ポスドク(国内)→大学教員と、私自身「まさか大学教員に!?」と驚いていますが、10年前の目標である「研究の現場で生きていく」は達成しているつもりです。
最後になりますが、最近、たまたま入った中華料理店のフォーチューンクッキーの中に「あなたの人生は駆け抜ける冒険のようです」とありました。ほんとその通りかもねwなんて、家族から苦笑されています。これからも冒険のような人生が待っているもかもしれません。